ブラジルの特許権存続期間の特例措置の違憲訴訟・審理について
2021年4月末から5月にわたって、ブラジルの最上級裁判所であり、主に憲法裁判所としての役割を担っている連邦最高裁判所(STF)は、ブラジル特許制度の特徴の一つである特許権存続期間の特例措置が違憲か否かについて審理を行っていました。本件の違憲訴訟の背景についてはこちらの投稿にて説明し、そして、本件の仮処分の判決についてこちらの投稿に説明しましたので、ご関心がありましたら、ご確認ください。
まず、審理の開始にあたり、報告担当裁判官を務めているDias Toffoli判事が、争点の対象となっている規定および違憲訴訟について、すなわち、本件の違憲訴訟(ADI)が、ブラジル連邦検察庁(MPF)によってブラジル産業財産法第40条補項について提起され、憲法第5条(XXXII)及び(LXXVIII)、第37条及び第37条6項、第170条(IV)及び(V)を根拠としていることが説明されました。続いて、Dias Toffoli判事は、連邦上院、共和国大統領内閣府、およびブラジル司法長官(AGU)の意見についてまとめて説明し、全ての意見書が特許権存続期間の特例措置を定める第40条補項が合憲であり、それに伴い違憲訴訟違憲訴訟(ADI)が却下されるべきということでありました。最後に、Dias Toffoli判事が仮差止命令について説明し、裁判所が認めた15個のアミカス・キュリエの意見書が提出されていることを報告しました。
・アミカス・キュリエおよび訴訟関係人による意見
本件では、活発な議論が行われるために本件審理に対する様々なアミカス・キュリエの提出および訴訟関係人の参加が認められており、このような本件への幅広い参加者による関与が連邦最高裁判所(STF)に影響を与えたといえます。
Dias Toffoli判事による説明に引き続いて行われた審理において、ブラジル連邦検察庁(MPF)のAugusto Aras長官は、ブラジル産業財産法第40条補項により、無期限に特許期間が設定されてしまっているとし、その結果、特許存続期間からなる行政上の非効率性が社会に影響を与えているとし、さらに、特許期間のこの延長により、新型コロナウイルスのパンデミックを考慮するとさらに有害悪影響をもたらす可能性があると主張しました。その後、連邦検事長が口頭弁論を終了し、ブラジル産業財産法第40条補項の違憲宣言を求めました。
次に、ブラジル司法長官(AGU)が、「違憲訴訟(ADI)第5529号」の却下を求める口頭弁論を行いました。ブラジル司法長官(AGU)は、その理由として、違憲の判断を遡及して行うことで法的な不安定が生じることに加え、示された憲法上の規定に違反することはありません。比較法では、米国及び日本などのように、存続期間の延長が許される可能性があります。最近、ブラジル特許庁は出願の審査期間の短縮を目標にバックログ削減プログラムを開始しました。このようなプログラムが成功すれば、特許権存続期間の特例措置を定める第40条補項の適用は例外的なものになるでしょう。また、違憲性が認められた場合、製薬分野以外の技術分野も被害を受けることになります。ブラジルの企業、大学・研究機関、ブラジルの大規模な特許出願人も、違憲性を認める判決によって影響を受けることになります。連邦会計検査院(TCU)が第40条補項の見直しを勧めている一方、現在、第40条補項の改正を扱う法案が審議中ということも考慮すべきである」と主張しました。また、パンデミックに関して、ブラジル特許庁は、ウイルスに有効性を持つ物質を扱う出願の審査を早期化するための制度を設定していると主張し、ブラジル司法長官(AGU)は、下記を求めました。
-ブラジル産業財産法第40条補項の合憲性についての宣言を要求
-代替案として、最終的な違憲性による既に付与された特許を維持し、パンデミック期間中は新型コロナウイルスに対して有効性のある製品や方法が補項条の対象から除外されることを要求
引き続いて、アミカス・キュリエに関する説明が開始されました。まず初めに、ブラジルAIDS学際協会(ABIA;代表:Alan Rossi Silva弁護士)は、健康問題の影響に基づいて、ブラジル産業財産法第40条補項を違憲とすることを求めました。次にアグロバイオ(代表:Liliane Roriz弁護士)は、ブラジルにおけるビジネス環境が悪化しており、2021年にいくつかの大企業が法的不確実性を含むいくつかの理由でブラジルにおけるビジネスを売却したり、ブラジルから撤退したと主張しました。更に、第40条補項は立法の権限内で対応可能なものであり、当該規定を改正することが立法によって行わなければなりません。また、審査バックログ対策のプログラムが実施されており、改正する必要性すらないため、ブラジル産業財産法第40条補項の合憲性についての宣言を求める旨を主張しました。
ブラジル知的財産協会(ABPI;代表:会長Luiz Henrique do Amaral Silva弁護士)は、立法を通じて特許権存続期間の特例措置を無効にすることは法律上相応しくないとして、ブラジル産業財産法第40条補項を合憲とすることを求めました。同様に、研究開発型製薬工業協会(INTERFARMA;代表:Gustavo Freitas de Morais)は、ブラジル産業財産法第40条補項を合憲とすることを求めました。農薬安定性協会(ANDEF;代表:Rodrigo de Bittencourt Mudrovitsch弁護士)は、研究のインセンティブと適切な保護期間の関係性について主張し、ブラジル産業財産法第40条補項を合憲とすることを求めました。
一方、ファインケミカル・バイオテクノロジー産業協会(Abifina;代表:Pedro Marcos Nunes Barbosa弁護士)は、ブラジル産業財産法第40条補項の規定は基本的に外国企業しか利用できないので、違憲とすることを求めました。
ブラジル産業財産権代理人協会(ABAPI)(代表者:Marcelo Goyanes弁護士)は、ブラジルの産業財産に関するバランスを考慮すると、特許権存続期間の特例措置を定める第40条補項は重要であるため、ブラジル産業財産法第40条補項を合憲とすることを求めました。
ブラジルローテック協会(AB2L;代表:Otto Licks弁護士)は、ブラジル産業財産法第40条補項の合憲性の宣言を求めました。また、AB2Lは、本件の問題の原因は、ブラジル特許庁の審査遅延であり、すなわち、第40条補項の制度は存続期間の延長を定める制度ではありません。存続期間の計算は確定されているが、法律上、利用可能な計算方法が2つあるだけということ。ブラジルの特許制度では、そのような規定が187年前から施行されている旨を主張しました。
ブラジル知的財産研究所(IBPI;代表:Felipe Santa Cruz弁護士)もPró-Genéricos(代表:Marcos Vinícius Furtado Coelho弁護士)も、パンデミックの状況およびブラジルの健康保険制度への負担に照らして、ブラジル産業財産法第40条補項を違憲とすることを求めました。
全国革新的企業研究開発協会(ANPEI;代表:Luiz Augusto Lopes Paulino)は、ブラジル産業財産法第40条補項が無効にされた場合、ブラジルにおける研究活動に影響が生じるとの理由で、合憲とするよう要求しました。
ブラジルの電気・電子産業協会(ABINEE;代表:Regis Arslanian)は、第40条補項が違憲であるとするこの度の紛争は医薬特許の問題から開始されたものの、違憲が認められた場合、電気通信や電力分野などの他の技術分野においても、何千件もの特許を失うことになり、ブラジルにおける5Gの実施に悪影響を与えることは間違いがないと主張しました。さらに、ブラジ特許庁の審査バックログ対策によって第40条補項の適用が減ることになるので、ブラジル産業財産法第40条補項の合憲性についての宣言を求めました。
連邦公共弁護局(DPU;代表:Gustavo Zortéa da Silva公共弁護官)は、健康保険制度と特許制度では、健康へのアクセスに関する権限のほうが重要であると主張し、ブラジル産業財産法第40条補項を違憲とすることを求めました。反対に、米州知的財産協会(ASIPI;代表:Gabriel Leonardos弁護士)は、ブラジルの特許制度は最終的に健康保険制度に実質的な影響を与えず、比較法上も存続期間の特例措置という制度が他の国にも存在すると説明し、ブラジル産業財産法第40条補項を合憲とすることを求めました。
クロップライフ・ブラジル(代表:Eduardo Hallak弁護士)は、第40条補項の制度は存続期間の延長に関する制度ではないと主張し、例外措置に過ぎないと主張しました。しかし、延長制度であったとしても、比較法では、米国や中国など、期間延長を行っている国の例があると説明し まし た。また、本件の問題意識は医薬に関するものであるが、農薬・バイオの分野にも全体的に悪影響を与える可能性があると主張し、ブラジル産業財産法第40条補項の合憲性について宣言することを求めました。
アミカス・キュリエによる口頭弁論の終了後、連邦高等裁判所の11人の裁判官が意見を述べる機会が与えられ、11人の裁判官が意見を述べました。
・報告担当のDias Toffoli判事による意見
報告担当のDias Toffoli判事は、次のように自己の意見を述べました。まず、特許制度の有様を検討すると、特許権は時間的に制限されていることが特許制度の根本的な原則であり、それによって特許制度が技術の発展に貢献することを強調しました。次に、ブラジル特許庁による審査のやり方について説明しながら、特許の保護は出願を許可する決定から始まるのではなく、いったん特許が付与されれば、実質的な保護は出願日から遡って行われると述べました。そして、Dias Toffoli判事は、ブラジル産業財産法第40条補項は、産業財産法の立法過程において十分な議論がなされていなかったと説明しました。また、第40条補項が正そうとする問題は、ブラジル特許庁における審査バックログおよび審査遅延を補うことを目的としており、何年も解決策がないまま存在している問題であると主張しました。さらに、比較法では、ブラジル産業財産法第40条補項に相当する規定は世界に存在せず、第40条補項はTRIPSプラスの規定であることを説明しました。また、問題となっている条項の違憲性を認めても、TRIPS協定に違反することにはならないと述べました。
Dias Toffoli判事は、そもそもブラジル特許庁のバックログが「合理的な時間内に決定を行う」という原則(ブラジル連邦共和国憲法第5条、LXXVIII)と「行政の効率性の原則」(ブラジル連邦共和国憲法第37条)に違反していると主張しました。また、ブラジル特許庁における審査に関する問題とともに、長い存続期間を取得するために、審査を遅らせるような出願人による行為もあると述べました。この点について、ブラジル特許庁は、様々な技術分野によって平均の審査期間が異なる状況を考慮して、技術分野によって異なる対応が行われていると反論しました。さらに、Dias Toffoli判事は、連邦会計検査院(TCU)の報告書を引用して、ブラジル特許庁の審査遅延に対する対応が不十分であり、特許権存続期間の特例措置を定める第40条補項の存在がブラジル特許庁における当該問題に悪影響を与えていると指摘しました。Dias Toffoli判事は、このような理由から第40条補項を改正するためのコンセンサスがあると主張しました。Dias Toffoli判事は、比較法の観点から、ブラジルは世界で最も長い存続期間を付与している国であると説明しました。このことが、先進国ではないブラジルにとって、国内企業に過度な負担を強いることになり、国際的な競争においてもブラジル企業が悪影響を受けることになります。一方、外国の出願人は自国の特許制度よりも寛大に扱われることになると主張しました。
特許権存続期間の特例措置を定める第40条補項と健康へのアクセスについて、Dias Toffoli判事は、医薬品分野以外の技術分野における特許制度の重要性に関するAB2Lのアミカス・キュリエの主張を認めながら、現行の産業財産法の規定は医薬品分野に特に影響を与えると主張しました。連邦会計検査院(TCU)の報告書に基づいて、特許期間の延長が統一医療システム(SUS)に大きな影響を与えることを示し、医薬品価格の上昇、公共支出や国民の医薬品へのアクセスに影響があると説明しました。また、このような状況は、新型コロナウイルスのパンデミックに対処する上で、この問題がさらに大きくなったと主張しました。特許存続期間の延長は、国の公衆衛生政策に直接的な影響を与え、国民の医薬品、公共政策、医療サービスへのアクセスに影響を与えるとしました。
Dias Toffoli判事は、特許権存続期間の特例措置を定める第40条補項は、特許の存続期間を不明実にしているので、法的確実性と憲法第5条(XXIX)に違反していると主張しました。また、出願人の戦略によっては存続期間を長くする事が可能であるとし、それにより社会の負担が変わることがあるため、憲法第5条(XXIX)に違反しているとしました。不当な競争上の優位性が生じないように、特許保護は明確な規則に従って与えられるべきとしました。また、Dias Toffoli判事は、付与されていない特許出願を保護するためには、ブラジル産業財産法第44条があり、それと第40条補項との共同適用により、特許保護の延長が生じているとしました。
Dias Toffoli判事によると、第40条補項は、知的財産の社会的機能(ブラジル憲法第5条第XXIX項、第170条第III項)、自由競争、消費者保護にも違反しているとしました。特許の存続期間は一定の期間に制限されているからこそ、その存続期間が満了した後、社会が特許に基づいて保護されていたものを自由に利用することができます。その関係性が極めて重要であり、第40条補項による制度により、付与されるまで特許の存続期間がいつ満了するのか分からないため、ビジネス活動に相応しくない不安定さをもたらすことになります。したがって、自由競争と消費者保護に違反することになります。
また、Dias Toffoli判事は、ブラジルにおける特許制度に関して「違憲状態」が存在するとして、次の4つの具体的な理由を挙げました。(i)BRPTOによる特許出願の審査遅延、(ii)ブラジル産業財産法第40条補項によって認められた「追加」の存続期間、(iii)他の国と比較してブラジルの特許存続期間が長いこと(iv)ブラジル特許庁の内部問題の解決ができていないこと。Dias Toffoli判事は、これらの理由はすべて、ブラジル特許庁が特許出願の審査に関する行政上の役割を果たしていないことが原因として生じているため、ブラジルの特許制度が機能していないと主張しました。このような状況にかかわらず、特許権存続期間の特例措置を定める第40条補項が存在することにより、ブラジルの特許庁における当該問題に悪影響を与えかねないと主張しました。
最後に、Dias Toffoli判事は、第40条第補項を違憲とし、違憲の判断をする場合は、原則として「ex nunc(遡及効がない)」の効果を与えることを提案しました。ただし、その例外として、当該判決は、期間延長が認められた医薬品および健康に使用するための方法、装置、材料に関する特許については、「ex tunc(遡及効がある)」を適用することを提案しました。
・報告担当以外の判事による意見
報告担当判事の意見陳述が終わると、他の判事が先任順位(着任が新しい判事から)によって意見を述べました。
Nunes Marques判事は、ブラジルの産業財産権にとってこのような審理が重要であることを強調しながら、次のように述べました。ブラジルでは、イノベーションの促進を確保するために、一時的な経済的独占利用による財産権が保証されています。しかし、発明者に与えるインセンティブとなる特許権と、社会が発明にアクセスする権利(パブリックドメイン)とのバランスを取りながら産業財産制度を考えるべきであるとしました。さらに、比較法上、存続期間の延長に関する制度(存続期間の調整(PTA)及び存続期間延長(PTE))は例外的に適用され得ることがある一方、ブラジル産業財産法第44条は出願から特許付与までの間についてある程度の保護を与えるため、ブラジルについては存続期間の延長に関する制度が不要となります。そのため自由競争を目指そうとするブラジルでは第40条補項による制度は相応しくありません。したがって、当該第40条補項は、法の適正手続き(第5条、LIV)と一時的な特権(第5条、XXIX)、自由競争(第170条、IV)、消費者保護(第170条、V)に違反しているため、違憲であると理解していると述べました。その上で、新型コロナウイルスのパンデミック対策に役立つ可能性のある医薬品、たとえばレムデシビル(Remdesivir)等、が第40条補項に基づいて存続期間が制定されていたので、現在、第40条補項による制度は相応しくないとしました。また、第40条はTRIPS協定第33条に基づいているが、第40条補項は過剰な保護を生み出していると指摘しました。そして、ブラジル特許庁の特許出願審査の遅延を解決するために政府が行動しなければならないと論じながら、特許権存続期間の特例措置を定める第40条補項は違憲であるとしました。
Alexandre de Moraes判事によると、特許権存続期間の特例措置に関する最も重要な問題は特許が登録になるまでに存続期間を確定することができないことです。それは、特許権の社会的な機能に大きな損害をもたらすとしますた。したがって、問題となっている条文は、効率性、合理的な時間内での意思決定、公平性の原則に違反しています。ブラジルが国として条約から受けた義務は、第40条の本文のみで満たしており、第40条補項の制度は不当な環境を作りだしており、ブラジルの法制度に相応しくない規定であるとし、違憲性を認める意見を述べました。しかしながら、報告担当判事が説明したブラジル特許庁における「違憲状況」については、現状では差ほど深刻ではないと延べ、問題は第40条補項による存続期間の不確実さがあるという点が違憲である旨を明らかにしました。
引き続き、Edson Fachin判事は、知的財産の保護は、社会に不可欠な製品の供給を上回ることはできないと主張しました。同判事は、特許保護は法の下では平等であり、一方では発明者を保護し、他方では新たな発明を奨励し、その発展を可能にし、発明の所有者が革新を続けること、あるいはその発明を完成させることを奨励するものであると述べました。その一方で、時間的な制限がある制度であることを繰り返し述べました。また、一般的には市場の自由が原則であり、産業財産権に対応する法制度は例外であり、社会的利益を含めた多面的な観点から検討すべきであると述べました。さらに、保護期間の不確実性は、基本的な権利、特に社会的権利や経済秩序に抵触すると述べました。有効期間に関する期間と確実性は維持されなければならないと述べました。特許権者の特権は、発明の集団的利用の権利と比較して考慮されるべきです。競争を維持するためには、知的財産の保護の行使が、その保護の利用範囲を超えることはできないと主張しました。競争の排除は、自由の根幹を揺るがすものであり、これを強化しなければならないと述べました。また、特許保護の有効期間を無期限にすることを制約する基本的な権利として、法的確実性の重要性を繰り返し述べました。最後に、ブラジル産業財産法第40条補項の違憲性を指摘した報告担当判事の意見に全面的に同意して締めくなりました。
Edson Fachin判事は、知的財産の保護は、社会に不可欠な製品の供給を上回ることはできないと主張しました。もちろん、発明家が自分の発明について投資した負担をカバーするために経済的な活動によって利益を得るためのインセンティブとなる機能が重要ではないとは言えないものの、このようなインセンティブには必然的に制限がなければならないとしました。自由競争は原則であり、特許制度は例外であるため、社会的利益を含めた多面的な観点から検討すべきであるとしました。社会はパブリックドメインに入る特許を検討しながら経済活動を企画することが可能であるため、特許の存続期間の不確実性は、産業活動を初め、様々なビジネス環境に悪影響を与えるとし、よって、確実な特許の存続期間を制定する制度がブラジルにおける特許制度には欠かせないとしました。特許権者の競争上の立場を維持するためには、知的財産の保護の行使が、その保護の利用範囲を超えることはできないとし、自由競争を守ることが優先されるべきとしました。したがって、ブラジル産業財産法第40条補項の違憲性を指摘した報告担当判事の意見に全面的に同意するという意見を述べました。
一方で、Luis Roberto Barroso判事は、合憲であるという意見を最初に述べ、本件を検討する際に、3つの重要な問題があると述べました。一つ目は、本条文が25年間にわたって施行されていることを考慮しなければならないこと。二つ目として、第40条補項は、ブラジル特許庁が特許出願の審査に10年以上がかかっているから問題となっていること。つまり、ブラジル特許庁には審査遅延について責任があること。三つ目は、第40条補項は政治的な立場で判断すべきか、それとも憲法上の解釈として判断すべきかということ。Luis Roberto Barroso判事は、イノベーションと研究の促進のために特許制度の存在が大きいと強調しながら、第40条補項の状況は一般規定である第40条の例外規定に過ぎないとしました。一方で、第44条の規定は出願から出願人・特許権者に対して保護を与えていないと主張し、保護は登録からでないと存在しないと強調しました。連邦最高裁判所(STF)の通説では、特許付与の前に存在する権利は特許を得るものの期待権にすぎないとし、それについて、特許出願中の侵害行為に対する差止請求が却下された判例を示しながら、そのような差止請求が却下されるのであれば登録までに保護が与えられていないとしました。ブラジル特許庁の審査バックログが米国や欧州連合に比べて大きいことを認識している一方で、ブラジル特許庁が審査期間を短縮していることを認め、バックログが解決されたら第40条補項の問題がなくなると述べました。健康へのアクセスに関する権利については、むしろ、医薬に関する研究が適切な状況で行われることも健康へのアクセスという権利の中に含められているとしました。したがって、Luis Roberto Barroso判事は、以下の理由により憲法違反はないとしました。(i)有効期間が決定されているため、一時性や法的確実性の違反はありあません。特許が付与されてから10年間です。ブラジル特許庁が遅れた場合、発明者は責任を負うことができません。(ii)出願が遅れた人は誰でも、つまり同じ状況であれば、同じ有効期間になるのでイソノミアの違反はありません。(iii)憲法自体が独占期間の付与を重んじているため、自由競争と消費者の権利の違反はありません。憲法上では、特許権は満了日のある存続期間に制限されるので、違反はありません。(iv)国家の客観的責任とは、まさに国家が引き起こした損害に対して社会的損失を負担することです。第40条補項の問題は憲法上の問題ではなく、議会で議論すべきものと考える。効率の面では第40条補項に問題があるかもしれないが、第40条補項が憲法に違反していないとしました。
Rosa Weber判事は、違憲性を認める意見を述べました。第40条補項により存続期間に不確実性が生じるため、ブラジルの社会的利益と技術的発展を阻害していると述べました。問題となっている条項の予測不可能性は、有効な特許期間を不確実にすることを可能にし、一時的でなければならないという知的財産権の基本的な概念を直接攻撃するものです。第40条補項により、特許の存続期間が不確実になることで、実質的に存続期間が確定しない特許を生み出すことになります。よって、問題となっている第40条補項は、違憲であり、特許制度の根本的な考え方にも違反していうといえます。第40条補項は、ブラジル憲法第5条(XXIX)、第78条および第170条(iv)にも違反するため、憲法の規定に適合していません。なお、Rosa Weber判事は、違憲性を認める一方、ブラジル特許庁に責任があることについては認めずに、どちらかというとAlexandre de Moraes判事の意見に近い意見をもっていると述べました。
Cármen Lúcia判事は、憲法上では特許の存続期間を一時的なものにすべきと制定しているため、産業財産法が既に25年もの間施行されているとはいえ、不確実な存続期間は憲法違反であると述べました。第40条補項に規定されている期間に存在する不確実性が憲法に違反しており、当該規定は不必要で不十分なものであるため、憲法で確立された原則に反する効果をもたらしていると考えていると述べました。Cármen Lúcia判事も、Rosa Weber判事とAlexandre de Moraes判事の意見に従い、違憲性を認める一方、ブラジル特許庁には責任がないと述べました。
Ricardo Lewandowski判事は、サンパウロ大学が主導する「Grupo Direito e Pobreza」(直訳すると「法と貧困問題グループ」)という学者グループが提出したアミカス・キュリエに賛同しながら、次のような理由から第40条補項が憲法に違反すると述べました。(1)ブラジルの特許存続期間は他の30カ国より長いこと。(2)ブラジル特許庁の審査官の人数は十分であり、第40条補項の規定が不要であること。(3)第40条補項は健康へのアクセスの阻害となります。(4)たとえば、米国の特許制度においても存続期間についてはブラジルよりも厳格であること。また、他のBRICS諸国においても第40条補項のような制度は存在しません。最後に、ブラジルにおいて存続期間が最も長い10件の特許のうち、9件は製薬業界のものであり、問題となっている条文の機能不全に疑いの余地はなく、消費者に過度の負担をかけていると結論づけました。したがって、第40条補項は、憲法の第5条(XXIX)、および第170条に違反し、貧しい人の医薬品へのアクセスについて悪影響を与えるものです。憲法第196条に規定されている健康に対する権利についても、当該規定により医療制度に過度の負担をかけることになるため、憲法第196条にも抵触していると述べました。
続いて、Gilmar Mendes判事は、産業財産に対する権利は、特にグローバル化された経済の中では、極めて重要な権利であると述べました。しかしながら、社会に不利益をもたらす行政上の審査遅延によって、憲法上の規定が損なわれることはないとしました。したがって、ブラジル特許庁が合理的な期間内に特許出願の審査を進めれば、第40条の一般規定が適用されて問題が生じません。しかし、連邦会計検査院(TCU)が提出した調査報告を引用しながら、医薬品の特許期間の延長がジェネリック医薬品の供給に影響を与え、ブラジル全体に深刻な損失を与えていると述べました。ブラジル特許庁が審査バックログを解決するための努力が欠けているとしつつ、審査請求のための期間やその他の出願人が任意に行う行為により、審査期間はブラジル特許庁だけにより左右することができるものではないと述べました。例外規定である第40条補項が原則的に適用されることが、状況的に違憲であり、その結果、第40条補項が一般規定として憲法に違反するものになっているので、報告担当判事の意見に従うと述べました。
連邦最高裁判所(STF)において最も長い期間着任しているMarco Aurélio Mello判事は、ブラジルが特許存続期間についてTRIPS協定に定められている存続期間よりも長い存続期間を与えていることが相応しくないと述べました。一般規定の第40条は、TRIPS協定又は欧州特許条約に準拠しているので十分であるとしました。特に、第44条の規定も存在しているため、第44条と第40条補項の両適用はブラジル特許制度におけるアンバランスを生み出すとしました。特に、自由競争を目指すのであれば、第44条と第40条補項の両適用は相応しくないです。ブラジ特許庁には責任がないとしながら、特許権存続期間の特例措置を定める第40条補項は不要であると述べて、当該規定が憲法に違反していると述べました。
最後に判事長を務めているLuiz Fux判事が合憲の意見を述べました。第40条補項は、単に最低限の実質的な保護期間を保証しているだけであり、憲法上は問題がないと述べました。憲法は合理的な時間内に意思決定を行うことを原則としており、行政機関の遅延は社会を害してはいけないとし、ブラジル特許庁がその原則を尊重していないものの、その負担を社会に転嫁してはならないです。また、Luiz Fux判事は、他の判事による第44条の解釈に同意せず、特許出願は登録になるまでは特許を得るための期待権にすぎないとしました。医薬品関する審査の遅延は、ブラジル特許庁とANVISAが原因であるとし、出願人の影響は少ないとしました。特許権存続期間の特例措置を定める第40条補項を無効にすることは、ブラジル特許制度におけるアンバランスを生じさせるため、憲法上の問題はないとしました。
最後に、報告担当判事が論じていたブラジル特許庁の責任およびブラジル特許庁における「違憲状況」について全般的な審理が行われたが、Dias Toffoli判事は、最終的に当該問題意識については議会に伝えるだけで十分であると判断しました。さらに、Carmen Lucia判事はブラジル特許庁を管理しているブラジル開発商工省(MDIC)にも伝えるべきと提案しました。 そして、遡及効果についての審理に進み、最終的には報告担当のDias Toffoli判事が最初に提案した内容となっていました。つまり、(i)現在、違憲の主張が含まれている2021年4月7日までに提訴された訴訟に関わる全ての特許について違憲の遡及効があります。(ii)医薬・製薬・メディカルデバイスに関する全ての特許(連邦最高裁判所によるとおよそ3,435件)について違憲の遡及効があります。(iii)審査中の全すべての特許出願について、違憲の遡及効があります。
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